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最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)167号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人木島次朗上告趣意書第一點は、「原審判決は被告人等が共謀の上犯意繼續して昭和二十二年五月二十四日及び同三十日の二回に渉り牝牛二頭を窃取した事実を認め其證據として被告人等の公廷に於ける自白と被害者の提出した被害顛末の記載とによって證明十分であるとしてゐる被告人の自白を唯一の證據と爲し得ないことは申す迄もない所であるが被害者の盜難届書中の被害顛末の記載には只各被害者所有の牝牛壹頭が窃取されたとの趣旨以外の記載はないそして右盜難届の内容に付ては公廷に於て被告人に何等の辯解をも爲さしめてはないのであるから原審判決は明かに被告人の自白を唯一の證據として事実を認定したことに歸着し明かに違法であると信ずる」と言うのである。

然しながら、日本国憲法施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十條第三項に規定されて居る「本人の自白」の内には、公判廷に於て爲した被告人の自白に含まれて居らぬものだと言う事は、當裁判所判例の示す通りであるから、假りに上告論旨の如く被告本人の自白を唯一の證據としたものだとしても、論旨は理由無きものである。況んや原判決は被告人の自白の真実性を確かめる爲め、各被害者の盜難届を援用し之れと照り合せて事実を認定したものであるから、被告人の自白を唯一の證據としたと言う論旨の理由無き事は明白である。次に原判決は、各盜難届の内容について被告人に何等の辯解をさせない違法があると言うのであるが、これは事実に反する主張である。原審公判調書を調べて見ると、裁判長は證據調を爲す旨を告げ、證據調として、一審公判調書中證據調の部に列記してある各書類の各要旨を告げ、意見辯解の有無を問い、右各書類中、其作成者又は供述者の訊問を請求する事が出來る旨を告げた處、被告人及辯護人は、何れも、意見が無い旨を述べたものである事が、明記されて居る。そして、一審公判調書中證據調の部には、「盜難届各通」とあり、本件記録中には、右以外の盜難届と題する書類は無いから、原審證據調手續には、論旨の如き違法はないと言はなければならない。從って上告趣意書第一點は、何れの點から見ても理由なきものである。

同上第二點は「原審に於て辯護人は本件被告人等には何れも刑の執行を猶豫せらる可き情状ある旨述べたにもかかわらず此點に付て何等の説明する事なくして実刑の言渡しありたることは明かに違法であると信ずる」と言うのであるが

刑事訴訟法第三百六十條第二項に、「法律上犯罪ノ成立ヲ阻却スヘキ原由又ハ刑ノ加重減免ノ原由タル事実上ノ主張アリタルトキハ之ニ對スル判斷ヲ示スヘシ」と規定してあるが所謂「刑ノ減免ノ原由タル事実」と言うのは、刑罰法規が特定の事由ある場合に必ず刑の減免を爲すべきものとして規定した事由を指すのであって刑の裁量の標準となるべき諸般の情状の如き、裁判所の裁量にゆだねた場合の如きは、之れに該當せぬものであると言う事は、大審院判例の示すところであり、今之れを改める理由は認められない。從って、原審に於て、刑の執行を猶豫すべき情状ある旨を主張したとしても、其主張の如きは刑の裁量の標準となるべき情状に關する主張であって、前記法條に所謂刑の減免の原由たる事実上の主張に該當せぬものである。從って、原審に於ては、被告人に對し執行猶豫を與えぬ事に付いての特段の判斷を示す必要は無いものであるから、論旨は理由なきものであるから刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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